第Ⅵ章 いくつになっても男と女(4)「神と獣との狭間にて」
神と獣との狭間にて
ボストンの南にケープコッド岬という、ケネディ一家も別荘を構えるリゾートがある。
そこにライターである女性の友達の別荘もあったが、ハイシーズンで新婚旅行の泊まり先が見つからず、我々はそこに転がり込んだ。
その時、偶然婦人雑誌に彼女が投稿した記事を見せてもらったところ、次のようなことが書かれていた。ちょうどウーマンリブの第1波が始まり、女性が社会に進出し始めた時で、彼女もその一人であった。
「妊娠、出産は仕事の妨げになるということで、中絶を合法化したいという運動があるが、自分はそれに反対だ。なぜなら女性の体は、受胎した時から一つの連鎖反応が始まる。受胎した時から胎児を育み、出産を経て、授乳するまでの生理的な連鎖反応が、大脳を含め、体の中で起こっている。
それを無理に止めてしまうということは、どこかで身体の歯車が狂うという意味で、非生理的であるということで、道徳的なこととは別に、妊娠中絶はすべきでないと思う」。
非常に理に適っていると思ったのが、動物としての人間と、人間としての人間の乖離という現象である。
つまり人間というのは動物であって、しかも動物でない人間であるという現実、そういう矛盾を抱えている。
最初人間は四足の獣だった。
それから二足歩行になったが、そのための障害が出てきたと最近言われている。
例えば腰痛。胸腔と骨盤という二つのカゴを細い腰椎がつなぎ支えているのだが、二足歩行になったため、そこに過度にストレスがかかるからとされている。
次いで、ある時点で人間になると、類人猿に比べ急に大脳が発達して、意識が生まれ、自分で判断するようになる。
今までは動物として自然界に適応しながら色々進化し、本能に従って行動してきたのが、それとは無関係に大脳の働きで、例えば火を起こし、道具を作ることで文明が誕生する。
それだけでなく、自分で公害というヘドロの海を作って溺れかけたり、自分の体に背いても、調味料で味覚をごまかし、メタボの体型になる。先ほどの妊娠中絶も、大脳が自己実現を希求し、生殖本能に逆らっても実行する。
今一つの問題は、人間だけが繁殖期・生殖器を過ぎても生き伸びているということだ。これが今のアンチエイジングの最大問題という捉え方もあるようだ。通常、動物は繁殖期が過ぎると死んでしまう。またカマキリのオスはメスに食べられてしまう。
人間の場合は、繁殖期を過ぎてからも延々と生き続ける。しかも、繁殖期を上回る年数まで。
そして人間の大脳は、生殖と性欲を分類することに成功した。
つまりセックスを種族維持から切り離して、そのプレジャーだけを楽しむことが出来るようになったのである。
更には生殖不能になっても、そのプレジャーだけは営み続けたいという欲望。
森鴎外は半自伝的小説「ヴィタ・セクシュアリス」の中で性欲を虎に例え、若い時は虎に振り回されて怪我をするものもあるが、年を取ると虎も大人しくなるという。せっかく大人しくなった虎を覚まさなければならないのか、ホルモン補充療法などと言って、寝た子を起こす必要があるのかと鴎外は言いたいのではなかろうか。
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塩谷 信幸(しおや・のぶゆき) アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授、 ウィメンズヘルスクリニック東京名誉院長、創傷治癒センター理事長 現在、北里研究所病院美容医学センター、医療法人社団ウェルエイジングAACクリニック銀座において診療・研究に従事しているほか、日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展に尽力するかたわら特定非営利活動法人 アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行っている。 【著書】 |
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