恍惚の人
「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:塩谷信幸)
有吉佐和子さんがボケ老人とその家族の生態をおしみなく描いた往年の話題作、「恍惚の人」です。
有吉佐和子さんがボケ老人とその家族の生態をおしみなく描いた作品で、昭和47年に発表されると大評判になり、「恍惚の人」はボケ老人の代名詞になってしまいました。
84歳の茂造は妻をなくし、急にボケをきたします。同じ敷地内に住む息子夫婦が父親の介護を始めます。それまでも兆候はあったのでしょうが、母親がカバーしていたのでしょう、誰も知りませんでした。
もう、息子も孫も誰だかわかりません。ただ、息子の嫁だけは認識できて、昭子さん、昭子さんとまとわりつきます。
その昭子さんの、ボケた舅との、いや老人問題との、壮絶な闘いの物語ですが、まことにユーモラスな筆致で、少しも陰惨なところがない。最後には風呂でおぼれて肺炎で死んでしまうのですが。
当時、僕も茂造の口真似で、
「昭子さん、お腹が空きました」
「昭子さん、ションベンですよ」
など言って、配偶者を嫌がらせたものです。
今読み返すに、恍惚はもはや人事ではなくなり、身につまされるというより、「ぞ、ぞっ」となりながらの再読でした。
しかももっと堪えたのは、老人問題の現況です。あれから老人問題は急速に増加している筈なのに、対処は一向に進んでいない。著者が半世紀前に指摘した行政の遅れは、法改正だけは進んでも、実態はほとんど改善されていない。ま、この問題は、僕の今一つのホームページの課題でもあり、そちらで関係方面と意見交換をする予定です。
よく言われることですが、
(1) 威張った人ほどボケやすい。
(2) 家族との絆が大切である。
(3) 仕事を急に辞めるとボケやすい。
(4) 自分の生活というか、楽しみが必要である。
(5) 頭と体を使い続ける、ことに手先を使うのがボケ防止によい。
(6) 生きがい、つまり人に必要とされている感じが必要である。
(7) ボケのある部分はプライドの裏返し、つまりは自閉症である。
等々、ボケの発生と対処に関する経験則は、ほとんど余すところなくこの小説の中に描き出されています。
ところでこの作品の主人公は、題名の「恍惚の人」ではなく、老人問題という解決のない不条理と闘いながら、ある折り合いを見出していく昭子のように思われます。これは、複合汚染その他で、社会問題を先取りして、敢然と取り組んだ作者の心意気かもしれません。
ここで視点を変えて、もし、茂造を主人公としたらどんな話になるでしょうか。ボケ老人の目に映る周りの社会、とくに自らが心を閉ざしている家族たちは、意外に静謐な、あるいは明るい世界なのかもしれませんね。
Written by 理事長 塩谷信幸
筆者の紹介
塩谷 信幸(しおや のぶゆき)
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授
東京大学医学部卒業。フルブライト留学生として渡米し、オルバニー大学で外科および形成外科の専門医資格を取得。帰国後、東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科講師を経て、北里大学形成外科教授、同大学名誉教授。 現在、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療と研究に従事。日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展の尽力するかたわら、NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行なっている。
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