メフィストの秘薬
「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:塩谷信幸)
池内 紀先生の“ゲーテさんこんばんは”という本が評判になっているので読んでみました。
偉人の奇癖とも言えるゲーテの「はた迷惑な行動」、「奇妙なこだわり」などユーモラスに書かれ、まことに気楽に読めて、ゲーテがぐっと身近な人になります。そもそも“ゲーテは偉大なる俗物である。”というのが、僕の昔からの持論でしたので、大いに意を強くしました。
15歳でグレートヘンに熱を上げてから、肺炎から心筋梗塞を起こし82歳で息を引き取るまで、フリーデリケ、シャルロッテ、リリー、シュタイン夫人等々と女性遍歴を続けます。シャルロッテとの失恋が名作“若きウェルテルの悩み”を生んだことは、皆様良くご存知のことと思います。ついに57歳のとき、18年間同棲していたクリスティアーネと結婚しますが、その死後、女優カロリーネとのいざこざを起こし、その後、保養地マリエンバードで出会った19歳のウルリーケに求婚したときは、なんとゲーテは74歳でした。当然のことですが母親に婉曲に断られますが、ワイマールへ戻る馬車の中でつくられたのが“マリエンバードの悲歌”というわけです。
ゲーテの行状は言ってみればそこらのスケベ親父かヒヒ爺にすぎないのですが、違うのはゲーテが自分の不始末をちょちょっとメモ書きすれば、たちどころに何千ターラーという金子(きんす)に変わるということです。
一挙両得もいいところですね。
そのゲーテが20才台から書き始め、82歳で完成を見た文字どうり畢生の大作が「ファウスト」です。
これだってなにも七面度くさく考えることはありません。ゲーテの人生経験、世界観をこれでもか、これでもかとぶち込んだ、いわば壮麗なゴッタ煮です。
そう思って巻を開くと実に面白い。舞台の前狂言でもう芝居好きならぞくぞくしてしまいます。
幕が開きます。学問をし尽くしてむなしくなったファウストのもとへ、むく犬の姿をしたメフィストフェレスが現れます。そして、“官能も体液も淀んでしまうしんねりむっつりの孤独から、広い世界の真っ只中へ”とファウストを誘います。
よろしいとファウストは言います。“俺が仮にも将来ある瞬間に向かい、留まれ!お前はあまりに美しい!といったならもう俺はお前のものだ。俺は破滅に甘んじる!”と賭けをし、魔女の秘薬を飲んで若返り、快楽と行為へと旅立ちます。
この辺は19歳の乙女に振られた老ゲーテの本音がちらついていると思うのは下司の勘繰りでしょうかね。
今ならさしずめメフィストは成長ホルモンを携えて現れ、“旦那どうです?正真正銘の若返りの秘薬。効きますぜ。”と差し出すのではないでしょうか。
そのときゲーテはぐっと飲み干すかどうか、僕ならちょっと待ってと契約書を良く見なおします。つまり副作用は如何なものかと。
さて、ファウストの運命や如何?この先はぜひ原著を御読みになるようお勧めいたします。
森 鴎外に始まり、手塚 富雄、相良 守峯、池内 紀等名訳は数々ありますが、今回は柴田 翔の訳を使わせていただきました。
Written by 理事長 塩谷信幸
筆者の紹介
塩谷 信幸(しおや のぶゆき)
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授
東京大学医学部卒業。フルブライト留学生として渡米し、オルバニー大学で外科および形成外科の専門医資格を取得。帰国後、東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科講師を経て、北里大学形成外科教授、同大学名誉教授。 現在、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療と研究に従事。日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展の尽力するかたわら、NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行なっている。
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