田園交響楽
「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:塩谷信幸)
「もし、盲目なりせば罪なかりしならん。」
戦後フランスに現れた名女優の一人に、ミシェルモルガンというのがいました。
ブロンドで青い目、ハイ・チークボーンで痩せ型の美女ではあるが、なかなか魅力的な性格俳優でした。そのミシェルモルガンが盲目の少女を演じたのが、田園交響楽でした。
原作はあの“狭き門”でノーベル賞を受賞したアンドレ・ジッドで、ご存知の方も多いと思いますが、あらすじをお話しますと...
「私は・・・」と一人称で日記風に牧師がつづる形を取っていますが、ある事情から盲目の少女を拾って育てることになります。ジェルトルードと名づけられたその少女は、はじめはまったく無知で動物的ですが、牧師の献身的な努力と教育で、しだいに美しく知性的になっていきます。
最初は戸惑った子供たちも、やがて家族の一員としてその少女になじんでいきます。しかし牧師の妻アメリーだけは、はじめから冷ややかな目で眺め、その態度を崩そうとせず、ジェルトルードへの気持ちにおぼれていく牧師との溝は深まります。
やがて長男のジャックは恋心を覚え、ジェルトルードと心が通うようになりますが、息子の気持ちに気づいた牧師は牧者としてのレトリックで、ジェルトルードから無理に引き離します。彼女は自分の本当の恋の相手は父親である牧師と、見えない目で信じています。
さて、友人の医師の薦めでジェルトルードに目の手術を受けさせることになりました。
手術が成功し、初めて彼女が目にする外の世界はまぶしく輝いていました。
そして彼女は、自分が見えない目で描いていた恋の相手は、若々しいジャックの姿だったことを悟ります。
心を引き裂かれたジェルトルードは川に身を投げ,自らに終止符を打ちます。
「私は泣きたかった。けれど私は、自分の心が砂漠よりも乾涸(ひから)びているのを感じていた。」
という牧師の心の叫びで、finとなります。
このジェルトルードの魂を引き裂いたものが、前回もシラノの稿で取り上げた容姿の発するメッセージの乖離(かいり)といってしまえば、実も蓋もないのですが、牧師と少女と息子をめぐる若さと老醜との相克と捉えれば、アンティエイジングのコラムの格好の材料と言えないこともないでしょう。
生涯、教条的なキリスト教の呪縛から自分を解放そうと苦悩の日々と送ったジッドにとって、あくまで目しいというのは、
「もし、盲目なりせば罪なかりしならん。」
というキリストの教えのメタフォーに過ぎないことを承知の上で、あえて皮相的な取り上げ方をしただけで、
「もしお困りなら、皺取り術をして差し上げましょうか、牧師殿。」
など悪ふざけをするつもりは毛頭ありません。
Written by 理事長 塩谷信幸
筆者の紹介
塩谷 信幸(しおや のぶゆき)
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授
東京大学医学部卒業。フルブライト留学生として渡米し、オルバニー大学で外科および形成外科の専門医資格を取得。帰国後、東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科講師を経て、北里大学形成外科教授、同大学名誉教授。 現在、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療と研究に従事。日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展の尽力するかたわら、NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行なっている。
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