男をもっと知って欲しい (5)スポーツとセックスチェック
「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:熊本悦明)
スポーツ競技におけるセックス・チェック問題を採りあげる
§スポーツとセックス・チェック
男性ホルモンの男性力に関する様々な話題がありますが、一番はっきりしている男性化現象としての話題は、やはりスポーツに関したセックス・チェック問題と言えましょう。最近男性ホルモンのドーピング問題で、砲丸投げのメダリストが失格し、わが室伏選手が銅メダルを貰ったと、新聞で話題になっておりましたが、失格した選手が男性ホルモンの“筋肉増強力”を利用して良い記録を出したことによるのです。これは女子側にもあり、有名な女子の100Mランナーが同じことをして失格したことも記憶に新しいエピソードと思います。投与した男性ホルモンが、人工的に体力を増進し、記録を良くするので、ドーピングはスポーツ倫理として固く禁じられているのです。
ところがそれに関しては、もう一つ大きな問題があるのです。オリンピックの時のセックス・チェックにまつわる、複雑なエピソードです。
それは、オリンピックをはじめ国際スポーツ競技会での女子選手のセックス・チェックのことです。女性の人権問題も絡むという理由から、最近はその実施が見合わされる様になってきていますが、男性ホルモン・ドーピングの問題が極めてやかましい現状ありながら、自然に無意識で行われた男性ホルモン・ドーピングはスポーツ記録上の大きな問題を抱えているまま、政治的・倫理的観点から、その医学的問題を無視して、止むをえないこととして取りやめられております。
確かに、医学的に注目されていた女子選手本人自身は全く自覚していないのにも拘らず、セックス・チェックの結果、ある日突然“実はあなたは男なので競技に出られません、選手村を出てください”と宣告されるという晴天の霹靂の様な大変気の毒な事件になる訳です。それにはかなり複雑な医学的背景があるのですが、理解していただくために、説明しますと次のような医学的問題があるのです。
それは男児が、母体内で一応睾丸が出来たにも拘らず、その睾丸からの男性ホルモン生産が充分でない為に、外性器の原型である女性型を男性型にしっかり創り変えきれず、かなり女性型に近いまま性分化止まってしまっていて、男女中間型の外性器を持って生まれることがあるのです。
それを医学的には男性半陰陽というのですが、生まれた時、男女を判定するのは、通常外性器を見て行なうのですが、問題はそのような男女中間型の新生児の性判定です。しっかりした医師のいる病院では、外性器の異常に気付いた医師の立場から、色々な検査や性腺所見を基に、男女の性別を決めるのですが、医療後進地域では詳しい性分化異常の知識のない助産婦や、時におばあさん方などが男女中間形の性器を見ただけで、簡単に女子と性判定しまうことが多いのです。睾丸があるのも判らず、男子形になり切られない中間型を見て誤って“女”と判定してしまうのです。
ところが、その様な女児では、思春期になると、睾丸から不充分ではありますが一応男性ホルモンを分泌される様になる為、“女”でいながら、睾丸から出る男性ホルモンが正常男児よりは少ないとはいえ、自然な形の無意識的な男性ホルモン・ドーピングが行われるということになる訳です。思春期が始まる10歳から10年近くも、その秘かなドーピングが進行すると、女子でありながら、かなり体力がつく訳です。そのような症例の殆どは、運動選手として頭角を現わしていて、オリンピック選手までにはならなくとも、少なくとも、私の経験例の多くは、学校時代に元気の良い体力のある子となり、運動成績が良く、選手として選ばれて活動しています。
この様な隠れた男性ホルモン・ドーピングが、半陰陽である女子スポーツ選手の陰の体力創りに貢献していることが、オリンピックで問題になるのは当然のことでしょう。事実、例をあげれば、1932年と1936年に陸上選手として金メタルをとった女子ステラ・ウォルシュさんが亡くなり解剖した所、睾丸が発見されたという新聞記事が一時話題になったこともあります。このような男性半陰陽の事例が時々報告されています。
その隠れたドーピングは、当の本人は勿論、周囲の誰もが気づかないで、長期間行なわれていたことではありますが、この様な”女”と診断された男性半陰陽症例の記録を女子の記録とすることが、オリンピックの国際競技で当然問題になります。しかもよく調べると毎回何例かが、ひそかに問題視されているのです。
東京夏季オリンピックや札幌冬季オリンピックの折、セックス・チェック責任者として、女子選手に競技出場停止命令を出した時の思い出は、医師としての立場からとは言え、今でも忘れられない辛いものです。個人的な感情だけでは論ぜられませんがーー
本人に罪の無い自然な形でのドーピングをどう解釈するか、女子の人権問題もからんで社会的な大議論となり、最近人権派の声に押されて、そのセックス・チェックは中止されています。
しかし現在も、これもあまり意識せずに体力増強の為に飲んだ薬の中に男性ホルモン様作用のものが入っていて、良い記録を出した選手が尿検査でドーピング陽性と判定され、記録が抹殺されたという話も時々あるのも事実です。
この様に、女性における男性ホルモン・ドーピング問題は、男性側での問題以上に、かなり複雑な問題をはらんでいると言えるのですが、これから、理論か、人権かを、社会的にどう判断していくのでしょうか? 未解決のままにされている問題点といえます。
しかも、この問題をさらに複雑にしているのは、医師が睾丸があるからと競技出場を止めさせたオリンピックの女子選手が、性器がある程度女性形に近く、帰国後、チームメイトの男性と、女性として結婚したという話も聞いており、“男女性別”の医学的問題は、ぎりぎりの分岐点の所では極めて複雑な難しい内容であるといえます。
筆者は常々“男と女は裾のつながる双子山”といっているのですが、この様な症例はまさにその男女性別の接点にいる人といえるのでしょう。男と女の男女性別分類は、時にかなり複雑で、説明が難しいものというのが、男女学の専門家としての偽らざる感想です。
かつて医学の発達のなかったギリシャ・ローマ時代では、男女両性具有は理想的な神話的存在と考えられており、男性のシンボル Hermes と女性のシンボ ルAphrodite を合わせた Hermaphrodite と呼び、今もヨーロッパの古代美術館でよくお目にかかる図のような色々な絵画や彫刻が創られていたのは、ご存知だと思います。しかし現代では、むしろ男性ホルモン・ドーピング問題のような気の毒な存在になっている訳で、創造の神はどのように感じておられるのでしょうか?
いずれにしましても、医学的な背景を理解して戴くため、少し長くなりましたが、以上の説明から、男性ホルモンの持つ創造の斧的な役割、かなりはっきりした身体を胎生期に男に仕上げる強力な“男性力”があることを、生き物人間学の視点から理解して戴けたと思います。
しかも、この男性力は、さらに非常に大きく幅広い役割を人間創生の過程で果たし、女性方にも及ぼしていることを、これからお話しする物語で解説しますが、驚かないでいて下さい。
筆者の紹介
熊本 悦明(くまもと よしあき)
日本Men’s Health 医学会理事長
日本臨床男性医学研究所所長
NPO法人アンチエイジングネットワーク副理事長
著書
「男性医学の父」が教える 最強の体調管理――テストステロンがすべてを解決する!
さあ立ちあがれ男たちよ! 老後を捨てて、未来を生きる
熟年期障害 男が更年期の後に襲われる問題 (祥伝社新書)
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